chibaccho's diary

デジタル畳職人で音楽も作る人の雑記 ち畳工房・ち音楽堂(http://www.c-ongaku.com)

東北地方太平洋沖地震

今週のお題東北地方太平洋沖地震

その時自分はとある工場の2階に居た。9日の地震でも、地盤が緩く柱が少なくフロアの広いこの建物は立っているのが困難な揺れだった。
緊急地震速報が放送で流れると同時に立て揺れを感じ、機械を離れ通路に退避した。今回も強い・・・床に肩膝をつき、棚に掴まり揺れに耐える。すると今度は別の地震波が来るのを感じた。揺れが強まり今まで経験した事の無い激しい揺れに体が翻弄される。長い・・・一向に収まる気配のない揺れの中、耐震金具が壊れたのか、一台百キログラム以上ある機械がフロアを滑りガシャガシャとぶつかり始めた、その数100台以上。
機械に潰されるか、建物が崩れるかもしれない・・・死を覚悟した。そして電気が消え、暗闇の中、果てしなく長く感じた強烈な揺れが収まってきた。その後外へ避難して助かったのだと実感した、喉がカラカラに渇いていた。

宮城県沖の大きな地震が来る事は覚悟していたし、家が古い為もし地震で死ぬような事があったら、その時はしょうがないと覚悟は決めていた。北野武氏や養老孟司氏の本の影響もあって、人は常に死と隣り合わせで生きている事を意識するようになっていた。
今回の地震でも痛感させられたが、自然のエネルギーの膨大さの前に人類は実に無力だ。自然は優しく、そして時に残酷だ。人類は自然に生かされている。なのに、人類のエゴで自然を破壊し続け、人工物を作り続けてきた。天災は謙虚さを失い傲慢になった人類への警鐘なのかもしれない。

人は蝿をいとも簡単に殺せるが、蝿一匹すら作りだすことが出来ない。自然に学び、自然と共存する、利便だけを追求しない、今までとは違った社会システムを目指す必要があるのではないだろうか。・・・などと、電気の無くなった一週間を過ごし、考えたのでありました。

最後に、亡くなられた膨大な数の犠牲者の皆様のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。